――はい、おしまい。
ぼくは妹に読み聞かせてやっていた御伽草子を閉じた。
――かぐやひめは、つきにかえっちゃったの?
――そうだよ。でもね……。

それはある意味正しく、ある意味違う。
おとぎ話のかぐや姫は月に帰ってしまったけれど、本当のかぐや姫はね――。

あれはぼくがみっつかよっつの時だった。
煌々と月が照らす夜、何故かぼくは目が冴えて、気づいたときには外に出ていた。
ほうほうと遠くの森からふくろうの声が聞こえるだけ。
寝静まった村、誰もいないと思っていたのに、そこに月を見上げてる女の人がいた。
その姿はまるで天女の迎えを待つかぐや姫のようで。
母よりずっと年下の、いつもぼくたちと一緒に遊んでくれてた優しくてきれいな人。
小さすぎたぼくは今ではもう名前も声も忘れてしまったけれど、お日さまのような笑顔は覚えてる。
ぼくはとても大好きだった。
名を呼ぼうとして一歩近づいたとき、ざあっと強い風が吹いた。
突然の強風に思わず目をつむり、次に目を開けたとき、月の真下には男の人が立っていた。
月の光を浴びて輝く長い髪。
「父さ…」 思わず言いかけた言葉を言い終わるより先に、その女(ひと)は駆け出していた。
「――――さま!」
いつも大切に呼んでた名前。
そして迎えに来たのは天女じゃなくて。
ふと、女の人がぼくを振り向いた。
白い繊手(せんしゅ)が差し伸べられて、ぼくはぎゅっと抱きしめられた。
「さようなら……」
その言葉だけを残してふたりは月に舞い上がり、それが最後に見たあの人の姿だった。

――きっと遠いどこかで幸せに暮らしているよ。