愛を語らぬ唇は


あのね、殺生丸さま。
りんは、殺生丸さまが大好きなの。
殺生丸さまは、りんのこと好き?

――また、くだらんことを……。

でもね、なんにも言わなくても、ちゃんとわかってるよ。
でもね、一度でいいから、言って欲しいな……。

殺生丸さまは、りんのこと……あっ……。

――唇は、甘く、雄弁に、語る。


君が導く約束の場所


この時代、妖は何処(いずこ)にその身を潜むのか……。

――思い出せ、りん。

幼い頃より、幾度も繰り返す夢。
背の高いそのひとは、白銀の髪をしている。
――――さま!
私は、そのひとの名を呼ぶ。
振り返るそのひとは、光を背に受け、姿が影に浮かぶ。
――――さま!
再び名を呼び、差し出された腕に飛びつく私は、まだ子ども。
抱き上げられ、首に手を回し、瞳を合わせる。
金色の眸。
安堵の笑顔とともに、肩に頭をあずけた。
夢は、ここで終わる。
あのひとは、誰?
私は、何と呼んだの?

――思い出せ、りん。
その声はビロードのように、優しく柔らかに、私を包む。
あなたは、誰?
何故、私を呼ぶの?

父と母の、突然の訃報。一瞬にして、この世にただひとり。
心失くしたまま、葬儀をすませ、永遠の眠りの前に掌をあわせたとき
初めて、涙がこぼれた。

――りん。
声に振り向いた。あのひとが、いた。
時が勢いよく、溯る。

――殺生丸さま!
今、はっきりと名を呼ぶ。
そっと頬にそえられる手。覚えてる、この手の温もり。
――もう……大丈夫だ。
あの時と同じ言葉。

――行くぞ、りん。


此処にいるから


怖い夢を見たの。あの日の狼……。
悲しい夢を見たの。おっとうとおっかあが……。

そうしておまえは怯えた目で、切ない目で
声を震わせ、しゃくりあげ、泣く。

おまえにかける言葉を知らない。
おまえの涙を止める術を知らない。

りん――。
私を見ろ。
私は此処にいる。

だから、笑顔を見せてくれ。