雪の降る夜。
廊下を渡る忍びやかな足音。そして少女の匂い。
足音は、殺生丸の部屋の前で止まる。雪明かりが障子に影を映す。
静かに障子が開く。
少女は白い夜着を纏っていた。
西国に戻って、数年の月日が流れた。
旅の生活から離れたせいか、肌は白くなり、その白さが唇の紅みと黒目がちな瞳を、一層引き立てていた。
すでに女の印を得たのだろう、躰も優しい曲線を描いている。
そして、何よりも変わったのは、己を見る瞳。
幼い頃よりの信頼と敬愛は変わらないが、今新たに、異なる感情が宿っていた。
それが何を意味するのか、殺生丸にはわかっていた。
殺生丸の心は決まっていたが、少女の心と躰が熟すまで待つつもりでいた。
いつかは来るはずの日……。
だが、まさか少女自身から赴くとは……。殺生丸は苦笑する。
不覚にも異母弟の風の傷を受けたあの日、初めて天生牙が自ら発動した。そして導かれるように、おまえと出会った。
もともと人間など興味はない。己に近づいて来るのは鬱陶しかったが、こちらも動けぬ身、放っておいた。
だが妙な娘だった。私に怯えることもなく、毎日やって来てはあれこれと世話を焼く。
何日かして、おまえは顔を腫らしてきた。
殴られたことは察しがついた。
「顔をどうした?」
思わず言葉がついて出た。
一瞬驚いた顔をした後、おまえは満面の笑みをみせた。
ただ聞いただけだ……。それだけなのに、何故おまえは嬉しそうに笑う?
そしてその後すぐに、おまえの変わり果てた姿を見た。
あの時おまえを救ったのは、刀の意志か、それとも私の意志だったのか……?
障子を開けたところで、少女の勇気は萎えた。
ただ立ちすくむ少女に、殺生丸は何も言わずに近寄り、その冷えた頬に手をあて、凍えた躰を暖める。
緊張の糸が切れたように、崩れ落ちそうになる少女を抱きかかえる。
少女は引き込まれるように、その胸に顔を埋めた。
腕の力を緩め躰を僅かに離し、顎に手をかけ上を向かせる。
羞恥で顔をそむけようとするのを許さず、少女の瞳の中に己の姿を映し出す。
「もう戻れないぞ、良いのか……?」
一度抱いたら、もう離さない。己の欲望のままに、たとえ少女を傷つけようとも、止められない。
それでも私に抱かれようというのか?
少女は、想いの全てをその瞳にこめて、殺生丸を見つめた。
何という眼で私を見るのだろう。このように男を惑わす術をいつの間に身につけたのだろう……。
殺生丸の心の
その長い睫を伏せ、昔と変わらぬ安らかな顔で眠る、りん。
おまえは怖くなかったのか?
私の手の中で、今まさに女へと花開こうとしていたおまえが、愛しかった。
だから、おまえの花芯を求めた私を咄嗟に拒もうとしたのを、許さなかった。渾身で私から逃れようとするおまえを、力で押さえた。
りん、これが男なのだ。男の愛し方なのだ。
おまえの躰は最後まで私を拒もうとしたが、おまえは私を許してくれた。苦痛の声を押し殺し、より深く私を受け入れようとしてくた。
おまえは苦痛さえも乗り越えて、私を愛するというのか?それが女の愛し方なのか?
いつかおまえは私に尋ねた。どうして命を呼び戻してくれたのかと。
今なら、わかる。
あの日のおまえの笑顔、それがすべての始まりだったのだ。
今度失えば、二度とは戻らぬ命。
だが、私は天に逆らってでも、りん、おまえを決して離さない……!