渇  愛


ずっと木々のざわめきや風の音を子守歌としてきた。
だからこの静寂の闇に、なかなか寝つけない。加えて、目を開けるといつもそこにいた殺生丸がいない。それがさらに不安をかき立てる。
何度も寝返りをうった後、ようやく決心したように起きあがると、りんのために、と用意された部屋をこっそり抜け出す。
殺生丸の部屋から仄かに灯りが漏れてることに安堵し、そっと障子を開ける。同時に殺生丸が振り向き、りんと目が合う。
せっ……名前を呼ぶつもりが、声ととも息まで呑みこんでしまった。
燭台の僅かに揺れる光が、殺生丸をより幻影的に演出している。
外見は闘いの様相を解き、薄い長着を纏ってる以外、他は何も変わってないのに、初めて見る殺生丸のようだった。
もう見慣れてるはずの金の眸に、胸がどきどきする。
「入るのか、入らんのか?」
呆けたように突っ立ているりんに掛ける言葉は、相変わらず素っ気ない。でも何故かこっちのほうにほっとする。
じゃれつくように殺生丸の傍らに座ると、安心したような顔を向ける。殺生丸が、どうした? という表情を見せる。
「このお屋敷とっても静かで、何か変なの。殺生丸さまも邪見さまもいないし」
「眠れんのか?」
うん、とりんが頷く。
「ここで寝るか?」
さらに大きく頷くと、嬉しそうに殺生丸の夜具にくるまる。
上掛けを顎の所まで引き上げ目を閉じるが、またすぐに開き、殺生丸を見る。えへへ、と笑うとまた目を閉じ、再び同じような仕草をする。
そんなことが何度か繰り返されるうちに、すうすうと穏やかな寝息が聞こえてきた。
――静かすぎて眠れない。
なんともおかしな話だが、実は殺生丸も奇妙な違和感に囚われていて、りんと同様、寝つけないでいた。
――殺生丸さまも邪見さまもいない。
いみじくも、りんがその理由わけを言ってくれたわけだ。同じ空間に、邪見はともかく、りんがいることで妙な違和感は正され、全てが元に戻る。そんな感じだった。
その夜から、また以前のように、当たり前のように殺生丸とりんは、側で寝るようになった。ただちょっと違うのは、その距離が少し縮まったことくらいである。


そんな日々が続いて、数年――。
ある夜、りんは殺生丸の寝所に来なかった。続けて数日、やはり来なかった。
さすがにもう、この屋敷にも夜の静けさにも慣れたのだろう。一抹の寂しさは感じるものの、それもよかろうと思った。
だが、またひょっこりやって来た。そしておやすみなさい、と言って夜具にくるまるのは、今までと同じである。ひとつだけ、殺生丸と目を合わせないことを除けば。
何だ? 眉根を寄せりんに問おうとして、はっとする。
匂いが若干変わっている。
――そういうことか。
初めての血の流れに、乳母めのとあたりからその意味を聞き、多少は恥じらいも出てきたのだろう。だが、男の寝所に赴く意味に関しては、まだ無垢である。
無邪気なものだ。
殺生丸は苦笑いする。身体は大人に向けて萌芽したものの、まだまだ心は稚い。
そうして再び、月に数日あけてまた一緒に寝る、という新しい習慣が始まった。


今夜もりんは、血の忌み日を終え、殺生丸の夜具に嬉しそうにくるまっている。
しかし、このところ殺生丸は息苦しさを感じていた。
特に今夜のように、数日あけて来た夜は、また僅かにりんの匂いが変わっている。少しずつ、濃く、女への芳香が増している。
近くにありすぎて気づかなかった。静かな寝息とともに上下する胸は、いつしか優しい曲線を描き、仔犬のようにコロコロとしていた手足はしなやかに、野生の子鹿を思わせる。
つと、頬に乱れた一筋の髪を耳の後ろにかき上げ、艶やかな黒髪にその手を埋めた。
ひとの子とは、なんと早く成長するものか。あとひと時を刻めば、りんはまさに大輪の花を咲かすであろう。
幼子から少女へ芽吹き、女へと息吹く瑞々しい時季とき
黒髪に埋もれていた手は頬を撫で、唇に止まる。
男の欲望を知らぬ無垢な唇が、殺生丸を誘うが如く微かに開く。
一瞬、息が止まる。
あまりに純真ゆえ、それが男をどれほどそそるか、りんは知らない。
無邪気さゆえの残酷。
突然、内なるところから、熱い塊が湧き出でる。同時に、冷酷で凶暴な思いが頭を過ぎる。
この無垢な魂を、己の欲望で穢したい。愛欲の渦に溺れさせたい。
上掛けをはずすと、りんの夜着の紐を解いた。薄衣は音もなくりんの身体を滑り落ち、白い裸体が露わになる。
その瞬間、殺生丸は自分が間違いを犯したことに気づいた。
欲望の渦に巻き込まれるのは、己の方かもしれぬ……。


肌に感じた冷気に、りんは目を覚ました。いつの間にか夜着がはだけている。慌てて襟を正そうとした手が押さえられた。
驚いて顔を上げると、そこに殺生丸の顔があった。
掴まれていた手が身体の両脇に下ろされる。視線が再び露わになった胸に注がれた。まるで焼き印を押すかのような視線。そしてそれは徐々に下に移り、薄い繁みに止まる。
全身がかっと熱くなる。胸の先端が固くなり、腿の奥に痺れるような感覚が走り、思わず脚を縮める。
りんの身体の変化に気づいた殺生丸は、りんの顔に視線を戻し、顎に手を添える。頬を長い髪が滑り、殺生丸の唇がおりてきた。
あっ……何か発しようとした声を、殺生丸の唇が封じ込めた。逸れようとする唇を、さらに深く唇を重ね、逃がさない。りんの唇の隅々まで探り、やがて舌で輪郭をなぞる。唇の合わせ目に舌を這わせると、開くように促す。
すでに抵抗も思考も奪われていたりんは、促されるまま殺生丸の舌を受け入れる。少し冷んやりとした舌が、りんの舌を掠める。躊躇いがちに舌先を合わせると、殺生丸の舌は大胆に絡め取る。息が苦しくなるほど深く、親密にまさぐられ、思わずりんの口から甘い吐息が漏れる。
ようやくりんから離れると、りんの唇は艶めかしく濡れて、腫れていた。
殺生丸の眼は熱く、熱を帯びている。そして妖しく光っていた。
ああ……ずっと昔、こんな眼を見たことがある。あの時は蝋燭のせいだとばかり思っていたけど。
りんとて無知ではない。初潮を迎えたときから折にふれ、男の褥に添うことが、何を意味するかは聞かされていた。ただ今までは言葉で理解するだけで、本当の意味など分かりもしなかった。
殺生丸さまはずっとりんを待っていてくれたんだ。
切ないほどの想いが、りんの胸に込み上げる。
体を起こすと、肩から夜着を滑らせる。そしてその手は、今度は殺生丸の紐を解いた。


やはり始めるべきではなかった。だがそう思った時はすでに遅かった。
殺生丸の下半身は痛いくらいに張りつめ、高ぶっていた。
上体を起こしたままのりんは、躊躇いながらも着実に殺生丸を追い詰める。
嘗て誰かに、これほどまで追い詰められたことがあっただろか……。
りんは、殺生丸がしたと同じように、自分の唇を合わせる。屈み込んだりんの胸先が、殺生丸の胸を掠める。りんの唇を受けながら、殺生丸は喉の奥で唸る。
「だめだ、りん……」
殺生丸は身体を反転させ、りんを組み敷く。
限界はすぐそこまできていたが、ここで屈するわけにはいかない。再び主導権を取り返すと、りんの胸を口に含む。舌で執拗に転がし、軽く歯をたてる。
「い……や……」
懇願するような、すすり泣きのような声が漏れる。
だが殺生丸は容赦しなかった。もう片方の胸に唇を移すと、同じように責め続けた。
やがて胸から離れた唇は、手も加わってりんの全身を愛撫する。
経験したことのない、信じられない快楽の波が、絶え間なくりんを襲う。息をするのが精一杯で、声すら出ない。
殺生丸の唇は、徐々に脚の付け根に迫り、繁みに達する。殺生丸の熱い息を感じ、りんがはっとした次の瞬間、強烈な快感が全身を貫いた。
唇で愛撫され、苛まれ、舌が花芯を捉えたときは、今度こそ悲鳴を上げた。
己の欲望など、もうどうでもよかった。今あるのは、りんに真の歓びを与えたいという思いだけだった。
唇をりんの唇に戻す。激流に翻弄され続けていたりんは、流されまいと必死に殺生丸の首に両手を巻きつける。
りんの背中を優しく愛撫し、そっと両手を外す。
もう一度りんを仰向けにすると、指を秘めやかな部分に這わせる。余韻が残っている秘所はまだ熱く潤っていた。再び火をつけるように、指先を巧みに動かす。
引き始めていた快楽が、新たにきた波に呑まれ、さらに大きくなって戻ってくる。身体の芯がぎゅっと掴まれたような疼きに耐えきれず、背中を弓なりに反らし、殺生丸の身体の下で小刻みに震え、強ばる。
次々と押し寄せる大きなうねりを、身体は解放したがっている。だが、その先にある未知の感情に怯え、りんの心がそれを阻んでいた。
高みが近づくにつれ、噛みしめる唇から喘ぎが漏れる。
「力を抜け」
怖くて、ぎゅっと目をつむったのは一瞬だった。
唇が重ねられた刹那、身体の奥で何かがはじけ、頭の中が真っ白になった。


官能の彼方から戻ったとき、肩に薄衣がかけられ、殺生丸の腕の中にいた。
「殺生丸さま……」
りんのけだるい声に、満たされないままに終わった身体が強ばる。代わりにりんを抱く腕に力を込めた。
りんの中に己を埋めたいと思わないでもなかったが、まだ青い身体はそれを全力で拒絶するだろう。ようやく歓びを知った身体に、苦痛を与えるのは酷というものだ。
確かに身体は欲求不満に陥っていたが、他に己を解放する術なら知っている。だが、それをりんに求めるのは難しい。
今はまだ――。
りんがすっと腕の中からすり抜け、下にさがる。
「何をする……!」
殺生丸はりんを押し止める。りんはどうしようもない羞恥を、精一杯の勇気で押さえつけ、殺生丸に目をやる。
「りんだって知ってる。男の人も女の人と同じだって教えてもらったから……。だから、りんも殺生丸さまがしてくれたことと、同じことをしたいの」
りんにそんな入れ知恵をした奴を、叩き斬ってやりたかったが、それ以上思考は止まってしまった。
りんの細い指に、疼いてる部分を優しく擦られた。全身の血液がその一点を目指し、流れ込む。
りん……とてつもない快感に声が掠れる。まるで拷問だ。
だがそれ以上の拷問が、さらに待ち受けていた。温かく湿ったものの中に含まれた。ぎこちない手と舌に目が眩みそうになる。殺生丸は思わずりんの髪を掴む。
いまだかつて、誰も殺生丸を支配したものはいなかった。今、何よりも弱き存在であるりんの前に、殺生丸は屈しそうだった。
殺生丸は力の加減も忘れ、ぐいとりんを組み敷いた。
もう自制はきかなかった。りんの身体の全てに唇を這わせ、熱い刻印の軌跡を残す。りんも無我夢中でそれに応えた。
高まりがついに限界を迎えようとしたとき、殺生丸は一気にりんの中に押し入った。苦痛の声を漏らすりんを、唇で塞ぐ。
太古の昔より続く、力強い律動でりんを貫く。
求めても、与えられても、尽きることのない渇望。
あまりにも罪深い快楽の激流の中に、殺生丸は我が身を投じるしかなかった。


渇愛。ただ、溺れるのみ。