「結局、目立つことに変わりはありませんね」
「あれーおかしいな。これが一番いいと思ったんだけどね。あーそれともブレザーの方が……」
よかった? と聞き終える前に、隣の温度がすーっと下がったのを察したのか、白澤は小さく笑って口を噤んだ。
鬼灯が現世視察に行くと聞いて、何を思ったのか白澤も一緒に行くと言い出した。
「え、何で!?」
日頃のふたりを知る周りが異口同音に驚くが、白澤はかまわず続ける。
「今回行くところって、日本で一番古い都でしょう? あそこにいる神仏って、僕の遠い親戚みたなものじゃない? だから挨拶くらいしに行こうかなって。それにさ、あんなところに男ひとりなんて目立つだけだよ」
白澤曰く、今やすっかり観光化されたとはいえ、歴史も由緒もある神社仏閣で目つきの悪い男がひとりうろうろしていたら、目立つを通り越して不審者になってしまう。
「それじゃ仕事にならないだろ? 観光地では観光客らしく振る舞わなくちゃ」
友人と遊びに来ました〜的に? と小首を傾げてみせるが、可愛くない。
「うん、それいいね。そうしてもらいなよ、鬼灯君。現場に溶け込むことがまず第一だって、いっつも君、言ってるもんねー……って、無視!?」
鬼灯が白澤を胡乱に見据える。
白澤はフッと目を細めた。
「と言うことで、同行してあげるよ?」
「それで修学旅行生というわけですか」
白澤が用意したのは詰襟の学生服――通称学ランだった。
「一年を通してコンスタントにいるのが、修学旅行の学生と団体旅行のオバチャンたちなんだよね。さすがにオバチャンは無理でしょう」
「どこからそんな情報を仕入れてくるんですか。安心なさい、あなたなら給食のオバチャンで十分通用しますよ。そんなことより――」
鬼灯は周囲を見回す。
ふたりは今、トアル有名神社にいた。
「目立つよりもっとタチが悪い。悪目立ちですよ」
人が大勢いるのだから境内がざわついているのは当然だが、ざわつくよりさざめくに近いかもしれない。遠巻きにされてるという感じだ。
特に女子に。
原因はわかっている。こいつだ。
白澤と一緒という時点で目立たないようにという選択肢はなくなったが、あえて学ランに袖を通したのは、それを逆手にとって「お調子者を頼むぞ、委員長」的な図式でいこうと思ったからだ。
結果、白澤は常以上の実力を発揮し、鬼灯の思惑とは真逆の、予想以上の多大な成果を招いてくれた。
眉根がくぅと寄るのは仕方がない。それでも速攻実力行使も厭わない鬼灯が手を出さないのは、鬼灯自身が白澤の同行に異を唱えなかったからだ。
それは、先刻、白澤が述べた通りもあるが、本意は別にある。
ただの同行者なら白澤など瞬即却下だ。唐瓜や茄子、何ならマキでもいい。
だが、今回ばかりは白澤でならない理由があるのだ。
古の都――日本を代表する世界的なパワースポットである。近年は俗化され、昔ほど霊験新たかでないにしろ、そこは腐っても鯛、数多の神社仏閣が発するパワーは強大だ。極悪非道の輩もうっかり善人になり得てしまう。
そんな気を受ければ、鬼灯ほどの鬼神キャリアをもってしても、心身のダメージは避けられない。ひよっこ同然の獄卒など、その後1週間は使い物にならないこと必至だ。
言わばここは鬼にとって鬼門なのだ。
この気と同等以上の力を持つのは、あの世広しと言えど十王たちか、神獣――白澤。
吉兆の神獣が神仏から鬼神を守るのもどうかと思うが、いつの間にか鬼灯の肉体と心神は、神仏より白澤に馴染んでいた。
そして白澤はそれを承知し、鬼灯もそれに気づきながら、敢えて隠さない。
だから、嫌なのだ。
なぜ白澤がそうなのか、なぜ自分はそうするのかを考えると、知りたくもない答えが見えてしまう。
いっそこの神獣が生理的に受け付けない生き物であったら、どれほどマシだったろう。
思わずため息が零れ、ふと視線を感じた。
首を捻ると、白澤が面白そうに目を煌めかせている。
「悪目立ちするって――僕だけのせいじゃないよね?」
「は?」
「学ランのボタン、しっかり上までかけちゃってさ、そんなストイックな格好で、そんな物憂げなため息つかれちゃねー。アレかな、喪服姿の未亡人が色っぽいのとおんなじ……って、顔、近い近い!!」
「そろそろ一度死んでみます?」
「イエ、マダ人生ヲ謳歌シタイノデ勘弁シテクダサイ……。て言うかこのアングル、ヤバいでしょう」
白澤がニヤリと笑う。同時に周囲から黄色い悲鳴が上がり、白澤の胸倉を締め上げていた鬼灯の手が一瞬緩む。その隙に白澤を逃してしまった。
「ちっ……!」
あり得ないあり得ない、絶対あり得ない!
知りたくもない答えなら、未来永劫知らなくていい。
数分前、うっかり乙女思考に陥った自分を思い切り蹴り上げたい気分だ。
どっと疲労が押し寄せる。頭痛もしてきた。今日はもう、とっとと切り上げて帰ろうと決め、ぐるりと首を巡らす。
社務所の前に女子の人だかりができていた。その中に白澤を見つけると、もう一度ため息をつきたくなる。
「何してるんですか? 帰りますよ」
鬼灯が白澤の肩に手をかけようとした寸前、いきなり顔面に何かが突き付けられた。
「…………。何するんですか?」
「大吉」
それだけ言うと、白澤は細長い紙をチマチマと折り畳み始めた。
(ダイキチ……?)
ああ神籤かと思い当たる。見ると、社務所のガラス戸を開けたところに、それは置いてあった。
よほど評判のいい神籤なのか、行列ができている。本物の女子高生ばかりだ。ここに白澤も混じっていたのかと思うと、ツレをやめたくなる。
何気なく社務所に視線を戻すと、神籤箱に書かれた文字が目に飛び込んできた。
恋みくじ
一瞬胸がつきんと痛む。それでつい、聞かなくていいことを聞いてしまった。
「お相手はどなたですか? お香さん? 妲己さん? それとも――」
「おまえ」
淡々とした、けれど甘い言葉が鬼灯の耳を掠めいく。
刹那、世界が止まった――ように感じたのは息をすることさえ忘れたから。
詰めていた息をゆっくり吐き出して振り向くと、白澤が御神木に神籤を結んでいるのが目に映る。
嘘くささ満載の笑顔ではなく、横顔に浮かぶその笑みがあまりにも自然だったから――。
鬼灯は白澤が戻ってくるのを静かに待った。