“心はいつも冷えたまま、己を失わない……”
完全な妖怪である殺生丸のことを、だれかがそう言っていた。
では……。
私に抱かれている時も、心は冷えたままなのだろうか……。
「兄上殿、目を開けてください」
快楽の波を彷徨っていた殺生丸は、かすかに首を振り、鬱陶しそうに目を開けた。
普段は冴え冴えとしている金の眸が、今は熱を帯びている。
「気持ちいいのですね……。いいえ、あなたの眼を見ればわかりますよ。昇りつめていくあなたは……愛おしい……」
月の光のごとく透き通った肌は、今は美しい薄紅色に染まり、絹のような銀髪は淫らに乱れ、何度も求め合った唇は、艶めかしく腫れている。
片手を殺生丸の頬にあて、親指で唇をなぞる。もう片方の手が、殺生丸自身を更に愛でる。
「あっ……」
殺生丸の口から甘美の声が漏れる。その声を封じるようにいま一度、弥勒は唇を重ねる。
僅かに開いた殺生丸の唇から舌を入れ、殺生丸のそれと戯れる。
弥勒の唇は殺生丸の唇から離れ、耳を噛み、首すじを吸い、更に下へと進む。
殺生丸は、はっとして躰を起こしかけた。だがすぐに弥勒の手が、肩を優しく押し戻す。
「そのままで……」
殺生丸の耳許で、熱い吐息とともに囁く。
弥勒の顔が、殺生丸の脚の付け根に埋まる。同時に、殺生丸自身が熱く湿ったものの中に含まれる。
快楽が激流となって殺生丸の躯を駆け巡る。
もう何もみえない、考えられない、押さえられない……!
遂に、殺生丸は自分自身を解放した。
私は何故この法師に抱かれるのか?
他の者と体を重ねたことはある。が、しかし、ただそれだけのこと。躰は熱くとも心は醒めていた。
だが……。
法師の指が、唇が、私の躰を這うと、私は己がわからなくなる。
今までどのような状況にあっても、常に心は醒めていた。己が己であるために。そのように生きてきた。
己を失う……。何故そんな無謀なことをするのか?
けれど、法師に躰を委ねると、それすら考えられなくなる……。
薄衣を纏っただけの殺生丸は、廃寺の朽ちかけた天井から月を眺めていた。
「法師……」 月を見上げたまま、殺生丸が呼ぶ。まだ憂いの残る声。
それだけのことで、また、法師の躰が疼く。そんな自分に自嘲していると再び、
「法師?」 と、今度は金の眸が向けられる。
「何か?」
だが、すぐに答えはない。弥勒は重ねて問うことをせず、視線だけを合わせる。
「おまえは……」 殺生丸はその熱いまなざしから逃れるように、眼を伏せる。
「おまえは、これでいいのか?」
それだけ言うと殺生丸は、弥勒の髪に手をすべらせ、顔を引き寄せ、唇を重ねる。
まだ自分の香りが残る法師の唇……。埋火が燃え上がる。
舌先でその輪郭をなぞり、下唇を噛む。再び輪郭をなぞると、そのまま弥勒の口の中に侵入する。
暫くは殺生丸のなすがままにされていたが、耐えきれず、舌に応えて絡める。
殺生丸の肩から薄衣をすべらせ、組み敷こうとする。
けれど今度は、殺生丸が押し止め、弥勒を仰向けにする。
「兄上殿、何を……?」
「私だけ、というわけにはいかないだろう……」
下におりた唇は弥勒を愛撫し、唇で弄ぶ。
弥勒の口から喘ぎが漏れる。躰をのけ反らせ、妖の銀髪をつかむ。
限界に達する寸前、弥勒は自身を引き抜き殺生丸を反転させ、腰を捉える。
妖の中にその猛りを沈めると、そのまま昇りつめた。
夜の名残が消え始める。
弥勒の腕の中で、愛おしく、狂おしく身悶えした美しい妖は、もういない。
月光に惑わされた戯れか……。
「あなたのお心……」
微塵の余韻もみせず立ち去ろうとする背中に問いかけ、しかし言葉を失う。
何が聞きたい?欲しい言葉はただひとつなのに……。
殺生丸の足が止まる。顔だけ横を向き、視界の端に弥勒を捉える。
「言葉にしないと、わからぬか……?」
微かに怒気を含んだ声。
弥勒は弾かれたように、後からきつく抱きしめる。もういい、言葉などいらない。
その想いを、その温もりを確かめるようにまわされていた腕に、更に力がこもる。
ひとときの静寂、やがて弥勒の腕が緩む。
殺生丸はほんの一瞬、再び弥勒に躰をあずけると、振り向くこともなく黎明の空へ身を翻した。