剣戟の火花が散る。
殺生丸の容赦ない剣先を辛うじて受け流し、犬夜叉は何とか間合いを取ろうと後退するが、殺生丸の追撃は緩まない。殺生丸の繰り出す一閃一閃は重く鋭く、ついには剣を流せず、犬夜叉は正面で剣刃を受け止めざるを得なかった。
「間合いを詰められれば、いくら鉄砕牙でも技は繰り出せぬだろう」
「くっ…!」
ふたつの牙は交差し微動だにしないまま、力の均衡を崩すべく、犬夜叉が鉄砕牙に力を込めようとした瞬拍。
「力技だけでは勝てんぞ」
爆砕牙が鉄砕牙を払い、殺生丸はその切っ先を犬夜叉の喉元にひたりと突きつけた。
髪の毛一筋ほどでも動けば喉をかき切ろうかという絶妙な間合いに、犬夜叉が低く唸る。
「もっと見極めろ」
殺生丸は刀を引くと、流麗な所作で鞘に収めた。
「技だけに頼るな。無駄な動きが多すぎる。敵を倒しさえすればいいとう無手勝流は――」
「そんなの知らねーよ!」
声を荒げた犬夜叉が殺生丸に噛みつくような視線を投げつける。
「そんなこと教えてくれるやつなんて誰もいなかったんだ。――勝手に自分でやるしかなかったんだよ! おれは――!」
唐突に言葉が途切れる。怪訝に殺生丸が見やると、犬夜叉はつと視線を逸らし呟いた。
「てめえはいいよな――親父がいて……」
「戯れ言は聞かぬ」
「……っ!」
金色の双眸が黙然と絡まる。
――叶わぬことを望むな。
手に入らぬものを渇望する虚しさは、自身が一番よく知っている。希ったところで、何が変わるわけではない。
――口惜しければ、餓(かつ)えるならば、己が手で生み出せ。
嘆くなど、傍(かたはら)いたい。羨望するなど、なお笑止。
だから――殺生丸は両断する。
「…………」
殺生丸の胸懐を感じ取ったのか、犬夜叉は黙した。
その様を一見し、殺生丸が場を離れかけようとしたその背に 「おれの……」 犬夜叉の声が追う。その、どこか脆い声音に殺生丸は覚えず足を止めた。
「おれ――おれたちの親父って、どういう……」
どういう奴だった? と続く文句は終いまで継げず、言葉尻が消える。
殺生丸が視線を向けると、見返す瞳は何かを切なに求め、縋る思いに揺れていた。
「――――」
大妖怪と呼ばれた父。
猛々しさと優美さをあわせ持ち、見るものに恐怖と畏敬をいだかせる圧倒的な存在感。其は真の威をまとう――だが、と殺生丸は胸の裡で否定する。
犬夜叉が求めるものはもっと奥なるもの――皆に崇められるのではなく、天上天下に君臨するものでもない、最も身近で強い絆で結ばれた父という一個体ではないのか。
(父上……)
愚かしいほど情が濃く、慈悲が深い――例えば、人間ごときのために命をかける酔狂なことを平気でやってのけるような――ああそうか。
「おまえは――父上に似ている」
刹那、犬夜叉の顔がくしゃりと歪み、幼子に還ったその表情は殺生丸に懐かしい何かを呼び起こさせた――身のうちに流れる因果の血潮か、昔日の郷愁か――が、他愛もないことと、瞬時に霧散する。
今度こそ、殺生丸は踵を返し、再び振り向くことはなかった。その眸に穏やかな光が宿ったことを、犬夜叉も、殺生丸自身も気づかぬままに。