「ほ〜殺生丸がそんなこと言ったのか――で、どう思った?」
「どうって、おれも強くて格好いいってことだろ」
堂々と答える犬夜叉に、刀々斎はがっくり肩を落として 「バカ…」 と呻いた。
「おめえなあ、強いはともかく、普通自分で格好いいと言うか?」
「だって殺生丸が……」
「似てるって言っただけで、格好いいと言ったわけじゃねえだろう。第一、間違っても殺生丸がそんなこと言うわけねえだろう」
「…………。じゃあ、どういう意味なんだよ?」
「そういう意味で聞いてるんじゃねえよ」
刀々斎はやれやれと首を振る。
「じゃあ聞き方を変えるぞ――親父どのに似ているって言われて、おめえはどう思った? おめえの気持ちを聞いてるんだ」
「おれの……?」
言ったきり、いつまでたっても何も返ってこない。刀々斎は大仰に嘆いてみせた。
「あ〜バカだバカだと思っていたけど、ここまでとはな〜」
そうして、自分の胸を叩く。
「ここのことだ。嬉しいとか悲しいとか悔しいとか、そういう気持ちのことだ」
それでも返事はすぐにない。けれど今度は、刀々斎も辛抱強く待った。
「正直、よくわかんねえ……ただ…」
刀々斎は黙って先を促す。
「嬉しいか嬉しくないかって聞かれれば、やっぱ嬉しい…と思う。でも、ただ嬉しいのかって言うと、そうじゃねえような……何か違うような気がする……。うまく言えねえけど、何かこうもっと……」
単純な犬夜叉にしては、ずいぶんとややこしい答え方だ。ややこしい答え方ではあるけれど、それが一番的を得ているかもしれない。
――言葉にできないもの。
犬夜叉は父親を知らない。母親とも縁が薄い。さらに一族からは爪弾きにされ、唯一血の繋がりのある殺生丸からは全否定され続けてきた。本人に自覚があるかどうかはわからないが、ずっと自分の存在意義を探していた。
かごめたちと出会ってその価値を見出したとしても、それとは別に殺生丸は特別の存在だったに違いない。殺生丸こそが、確かな己の存在意義――それは、断ち切ることのできない血の理。
だからこそ、父に似ていると、他ならない兄貴に言われたことに、単純な嬉しさではない何かを感じたのだろう。
あえて言うなら、情愛――か。
教えてやるつもりはさらさらない。いつかわかるときが来るかもしれない。来ないかもしれない。どっちでもいいと思う。
大事なのは言葉ではなく、心が感じたことなのだ――。
「ついでだから、さっきおめえが言ってたことも聞いてやるよ。親父どのに似てるっていうのは、どういうことだと思う? どんなとこが似てんだと思う?」
「それは……。やっぱりよくわかんねえ。親父のこと知らねえし……」
刀々斎は、もう何度目かわからないため息を吐いた。
「あのな、おめえが親父どのに似てるってことは、親父どのもおめえに似てるっていうことだよ――つまり、自分がどういういやつかって考えればいい」
たくさんの疑問符が犬夜叉の頭に湧いているのが見える。
「……全然わかんねえ……」
刀々斎は無言で鉄槌を見舞った。
「ちっとは頭を使え。使わんとますますバカになるぞ」
「何だよさっきからバカバカって…!」
「その通りだからだよ」
「何だと!」
ぎゃんぎゃん喚く犬夜叉を見ながら、まあ自分のことは自分が一番わかんねえもんだけどな、とそれは言わずにおく。
――そうか、殺生丸。おめえもそういうことが言えるようになったんだな。言ってやれるようになったんだな。ちっとは大人になったってことか……。
しみじみと思いながら、今度会ったときが楽しみだと、人の悪い笑みを浮かべるのであった。